FC2ブログ
岡山大学の学生や教職員を中心に結成した被災地支援団体です。
page top
ボランティア体験記★第一弾

はじめましてこんにちは★*。
岡山大学 環境理工学部環境デザイン工学科 4回生

瀬沼 里沙子(せぬまりさこ)です!!


おかバトメンバーの中で唯一、被災地に足を踏み入れている者です。

と、言っても…
メンバーのヤスさんは今月末に、
メンバーのえりも7月初旬に、
被災地へ行きます!

帰って来たら報告してくれることでしょう :)


さて、6月16日にあった被災地ボランティア体験談は大成功に終わりました。

その際に話し手になってくださった8名の方の
話がもっと聞きたかった!
聞けない人がいたのが残念だった!
時間が足りなかった!
などなどの嬉しい声が沢山あったので、その要望にここで答えようと思います★*。

これから不規則不定期に、
被災地で見たこと感じたこと、そして皆さんに伝えたいこと、
をここに書いていこうと思います。


では手始めにおかバトメンバーの私から始めさせていただきます!
長いですよ!
だけど、最後までがんばって読んでください。


始める前に少しだけ、

これから書くことは私の視点であること
本当のことじゃないかもしれないこと
そして、これがすべてじゃないってこと

念頭に置いて読んでください。


3月11日

あの未曾有の大震災が起こった時、私は淡路島でテニスの合宿中でした。
何か大変なことが起きていることはわかったものの、なんだか遠い国で起きているような…
そんな人事のような気持ちが大きかったです。

岡山に帰ってきて全チャンネルが震災を映し続けているのを見て
やっと少し、怖さが生まれました。

だけど、それでも実感は湧かなくて、
その感覚こそを怖いと思いました。


同じ国民が苦しんでいるのに
実感が湧かなすぎて、人事みたいに笑って日々を淡々と生きる。

そんな自分が怖くって、
私は現地を感じに行かなければ
痛みを少しでも分かち合わなければ
と、現地に行くことを決めました。


使わせていただいたのは、「め組JAPAN」というNGO★

行き先は宮城県石巻市!
総勢45名の仲間と行ってきました。

もっと学生や女性が多いかと思いましたが
学生は2人、女性は10人とわずかでした。


高速道路を降りてから、ずっと右側を見つめて
「いつテレビで見たような悲惨な光景が出てくるのか」
不安でドキドキしていました。

被災地の近くになると
「救援物資」と書かれたトラックや
全国各地からボランティアに駆けつけた他県ナンバーの車
自衛隊や警察などの車両が目立ちました。


拍子抜けするぐらい周囲のお店が開いていて、ビックリ!

っと思っていたら、だんだん道路が茶色くなり、
一定のラインが不吉に建物についています。

ごみもドンドン増えていき、
ある橋を超えるとそこには
見たことのない光景が広がっていました。


機能しない信号の下で交通整理をする警官
時間がくれば冠水する道路
あるべき場所にない家、車
折れ曲がった電信柱


バスを降りて一番最初に感じたのは臭い。

「魚臭い」
ということ。

町中に充満するその臭い、目に映る景色。

私は不自然なその景色の中で、
なぜか不自然さを感じられませんでした。

ここにくれば湧くと思った実感も
ちっとも湧かないし、
流されている家も
家の二階に突っ込んでいる車も
不自然なのに、有り得ないことなのに
それでも全然、なんだか自然に見えてしまうのです。

あの感覚を私は生涯忘れないでしょう。


活動中に感じたことすべてを書くと
読む側がへばってしまうので
ひとつだけ具体的にお話しますね。


泥かきをしたお宅のおばあちゃんが話してくださった
震災当日の様子とその後について…


地震の起こった時、おばあちゃんは家に一人でいたそうです。

大きな地震にびっくりして家を飛び出し、おさまるまで家の前で座り込んでいました。

次々と落ちてくる瓦の恐ろしさ。

お隣さんから子供とお母さんが飛び出してきて、おばあちゃんと一緒におろおろしていました。


おじいちゃんはその頃、近くのお寺にいて、家にはいませんでした。

一旦地震がおさまった時、急いで戻ってきたおじいちゃんの運転でおばあちゃん達は家を出ました。

だけどすぐに交通渋滞につかまり、車はストップ。

みんなが右に曲がろうと列をなしている中、おじいちゃんは咄嗟の判断で左から大周りで行くことを選択しました。


この選択が生死を分けました。


しばらく走った後、車から降り、高台に上ろうと後ろを振り返りました。

すると、後方から次々と車を飲みこみながらこちらに向かってくる津波が見えたそうです。


そこから高台まで必死に走り、九死に一生を経た二人。

だけど、そこから10時間以上動けない時間が続きます。

何度も押し寄せては引く津波。
火の手のあがる町。

それらをひたすら眺めていたそうです。


津波の勢いがおさまり、ようやく町に静けさが戻ったころ、おばあちゃん達は町の避難所である湊小学校を目指します。

だけど、足元は泥だらけヘドロまみれ。

お墓の主たちに「ごめんなさいね」と言いながら、墓石を足場に避難所まで必死に行ったそうです。


だけど、たどり着いたところで、そこは避難所として機能しておらず、食べ物はおろか、毛布すら一枚も支給されなかったのです。

そこから三日三晩、食べ物も飲み物も一切なく、辛い時間がゆっくりと過ぎていきました。

「これのどこが避難所なんだ!」と憤りを感じずにはいられなかった。と

その間、教室内でしゃべる者は誰一人としておらず、3日間の間に凍死する方もおられたそうです。


三日が過ぎたころ、そのおばあちゃんの娘が仙台から車で駆けつけました。

道なき道をひたすら走って、迎えに来てくれたそうです。

だからおばあちゃんたちはそのまま仙台に避難することができました。


おじいちゃんは心労で、そこから2週間入院してしまったそうです。



あの時、渋滞で止まってしまった車の人たちはみんな亡くなった。
お隣の方も、前の家の方もみんな家族を亡くした。




そんなまるで映画のワンシーンのような話を、朗らかに話してくださいました。

聞いた時、私は何も言えませんでした。

うんうん、と黙って聞いていることしかできませんでした。


それが精一杯でした。


おばあちゃんは明るく話してくれたけど、心の中はわかりません。


それから、震災から価値観が変わったともおっしゃっていました。


前はケチケチせんで、イイものを買ったらいい。って思っていたけど、高価なもんなんて何もいらない。住めたらいい。食べれたらいい。使えたらいい。生きてたらいい。そう思うようになった、と。


人間の原点を見たような気がしました。



その後もおばあちゃんは、おじいちゃんが空手の師範をボランティアでしていること、この家が親戚が集まる家だったこと、自営業してたこと、家族のこと等々せきを切ったように話して下さいました。

そしてもう一度津波が来たら、もう生きてても死んでるようなもんだ、ともらしました。


きっとそれは本音なんだろうな。




私たちがおばあちゃんとお話している間に、仲間たちが家の片づけをあらかた終えてくれていました。



そして私も最終確認に家の中を徘徊していると、おばあちゃんが嬉しそうに話しかけてきました。

「見て見て。時計が二本無事だったの。」と。

それは何十年もおばあちゃんが大切に使っていた腕時計だそうで、たまたま台所の変な位置に置きっぱなしにしていたことで浸水せずに動いていました。

「みんなが台所の物を片づけてくれなかったら、見つけられなかったわ。ありがとう。この時計が見つかったことが今日一番嬉しい!」

そう言って本当に嬉しそうに腕時計を握りしめていました。

私もポッと心に灯がともった様な温かな気持ちになりました。

「よかった」って心から思いました。



そして作業終了です。

最後におばあちゃんがペットボトルに入ったお水を一杯ずつみんなに配ってくれました。

断水されてて、自分たちにとっても貴重なお水なのに
「こんなものしか出せなくてごめんなさいね」
と申し訳なさそうに…

みんな胸が熱くなりました。


そしておじいちゃん。
最初から最後まで怖いイメージしかなかったのに、最後に泣きながらお礼を言ってくれました。

きっとおじいちゃんにも色々な想いがあるんだと思います。

推測して色々言うのは簡単だし、だけど聞くのは難しいし…
私はたまたまおばあちゃんの声が聞けました。
お話が聞けました。


だからちゃんと、みんなに伝えなきゃいけないと思います。



お別れの時、おじいちゃんもおばあちゃんも泣きながら見送ってくれました。

「ありがとう、ありがとう」って。

私は最後におばあちゃんの手を握って言いました。

「次にまた津波が来ても、また泥かきにくるから心配しないでね。何度でも何度でも来るからね。」

私の精一杯の「だから頑張って生きてね!!」というメッセージでした。



「頑張って」なんて簡単に言えませんでした。
だってすでにみんな必死で頑張ってるんです。
精神状態ギリギリなんです。

頑張れ、負けるな、なんて簡単に言える言葉じゃなかったんです。


帰り道、みんなで
「綺麗にできて本当によかったね」と

「また来たいね」と

話しながら帰りました。



泥かき、本当に大変な作業でした。

だけど、本当にやってよかった。


そんな風に思えた優しい老夫婦のおうちでした。




この他にも皆さんに聞いてほしいお話はたくさんあります。
だけど、ここに書いてたら本当にきりがないから
私のお話はこれぐらいにします。

最後に、
これはおかバトメンバーの瀬沼ではなく
個人である瀬沼の言葉として聞いてほしいことがあります。




みんなに「東北に行けー!!!!」って言うつもりはありません。

…なんて物分かりの良いことは言いません!笑


「行ける人は全員行けーーー!!!」

それが私の気持ちです。


理由なんてなんでもいいんです。

私に行けって言われて,なんだか行く気になった…

それでも良いんです。

行ったら山のようにやることあるし,山のように現実が待ってます。


それを是非肌に感じて欲しいんです。
そして一緒に痛んでほしいんです。



で,今回痛感したのは,持続的に支援しなければ復興はありえないということ。

この「持続的」って本当に難しいです。

だってみんな生活があるし,行けて長期休み。


つまり,次ボランティアたちが東北へ集中するのは8月9月の夏休みでしょう。


さて,今やらなきゃ家がダメになってしまう泥かき,6,7月はどうしましょう?!


時間のない社会人。
動けません。

お金のない学生。
動けません。

さて,この両者でより解決が簡単なのは?!


そう,学生ですよね。

特に学生さん。
本当にその目で見て,肌で感じて,耳で聞いてほしいです!!


ひとりでは動かせない様々な人や団体も,みんなで動かせば動くかもしれない!!


これから忙しい時期になってくるけど,
それでも私は自分が見たこと聞いたこと
絶対次に繋げたいし,誰かに繋げたい。



それが帰ってきた今私にできること★*。


動けば変わる!

できる、できないではない。
「やる」と決めたことを如何にして成すかだ。



もっと私の話を聞きたくなった人は
次回セッション予定日の7月14日を
あけといてくださいね!

長文失礼致しました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

スポンサーサイト



page top
【第1回企画】被災地で見たこと・感じたこと 開催しました
おかバト第1回企画
「被災地で見たこと・感じたこと」

P1010202.jpg

夕方からの開催にもかかわらず、約40名の方に参加いただきました。

P1010236.jpg

続きを読む
page top
【第1回企画】被災地で見たこと・感じたこと
おかバト第1回の企画として、
実際に被災地にボランティアに行かれた学生や社会人の方をお呼びし、
そこでの現状や、ボランティアの内容についてお話してもらう
グループセッションを行います。

自分たちにどのようなことができるのかを考えたり、どのような支援が
必要かなどを一緒に考えてみませんか?

現地の写真も展示します。

日時:6月16日(木)18:00~20:00
場所:岡山大学一般教育棟A36


参加希望の方は下記アドレスまで、お名前を添えてご連絡ください。

連絡先:okayamabaton@gmail.com

DSCF5095.jpg
より良いグループセッションになるよう知恵を絞ってます!
page top
おかバト会議について
おかバトには、現在、学生や職員、教員など10人弱が関わっています。

メンバーの予定が一番合うのが夜なので、ミーティングはいつも
夜の8時~10時に、図書館の一室を使って行っています。

すでに被災地でボランティア活動を行った学生もおり、
そういうメンバーの意見を聞きながら、「被災地で求められている
ことは何なのか」、「自分たちにできることは何なのか」を
ああでもない、こうでもないと話し合ってきました。

そんな中で、おかバト第1回目の企画を近日行います。
是非、多くの方が参加してくれるといいのですが・・・。

岡山は確かに被災地から遠く離れていますが、
気持ちだけでも被災地の方々に寄り添って、支援の輪を広げて
いけたらと思っています。


職員I
© おかやまバトン. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG