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岡山大学の学生や教職員を中心に結成した被災地支援団体です。
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平成30年度 代表・副代表代替わりの挨拶
おはようございます!
3回生のごうです!
最近はすっかり暖かくなり、大学にもちらほら半袖の学生が出てきています。
とは言えまだ朝晩が寒い日もあって、どんな服装でいればいいのかイマイチ分かりません…。

さて、ご報告が大変遅くなり申し訳ございません。
おかやまバトンの今年度の幹部より、ご挨拶させていただきたいと思います。

H30 presidents


右:岡山大学マッチングプログラムコース2回生 小野 菜々子
左:岡山大学教育学部3回生 木下 豪


今年度は、二人体制です。

以下一言ずつご挨拶させていただきます。

≪平成30年度代表 小野 菜々子≫
今年度代表を務めさせていただきます、岡山大学MPコース2回生小野菜々子と申します。

東日本大震災当時、私は小学6年生でした。流されてゆく街、見たことないくらい大勢の人でごった返している駅。テレビの映像は脳裏に焼き付いていますが、現実のこととは信じられず、当時はどこか遠い世界でのお話ではないかとぼんやり感じていました。年が上がるにつれ、多少なりと理解できるようになり、このおかやまバトンにたどり着きました。
あの日から時間がたった今でも、あの日を近くに感じる方はたくさんいらっしゃるはずですし、誰もが忘れてはならない日なのだと思っています。
あの日から時間がたった“今”、大学生という時間をささげられる時期を過ごしている私たちだからこそできる何かがあると信じたいです。
先輩方が築いてこられた被災地との温かな繋がりはいつまでも大切に。加えて、防災や地域コミュニティの活性化など、被災地の方々の思いを地元岡山に伝えていくことにも全力で取り組んでまいります。
「息の長い被災地支援」・「災害に強い岡山作り」をモットーに、ちょっと新しいちょっとおもしれぇおかやまバトンを作っていけたらなと思っています。みんなと共に、精一杯頑張ります!
最後になりましたが、多くの方々に支えていただき私たちは活動ができています。本当にありがとうございます。今後とも、被災地に寄り添い、子どもたちと共に成長していけるよう一同励んでまいりますので、変わらぬご理解ご協力賜りますようお願い申し上げます。

≪平成30年度副代表 木下 豪≫
今年度副代表を務めさせていただきます、教育学部3回生 木下豪と申します。

私は今年度特に防災に力を入れていきたいと考えています。今年度新たに掲げた「災害に強い岡山づくり」というモットーのもと、防災に関するイベントを進めていくうえで、おかやまバトンが活躍できるチャンスは本当にたくさんあると思います。
これまでプロジェクトをはじめとしたさまざまな活動で得た経験の蓄積や、メンバー一人ひとりが持つ熱意や専門性といった、おかやまバトンだからこその魅力やスキルをしっかり活かしていけるよう、1年間マネジメントに努めていきたいと思います。
私もプロジェクトを経験していないメンバーの一人です。未熟な点、至らぬ点多いと思いますが、
精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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東北旅行2018!第2弾
みなさんこんにちは!4回生になりました、ぜってぃです( ^ω^ )
今回は前回に引き続き東北旅行編第2弾!私の感想を紹介させて頂きます!



〈岡山大学教育学部3回生(当時)佐々木 菜摘〉

私は今回東北を訪れたのは4回目でした。今回の東北旅行では「まだ知らない東北を知りたい!」ということを、自分の中で目標にしていました。

福島県の飯坂温泉や浪江町。岩手県の陸前高田。たくさんのはじめての場所に行きました。まず心に残っているのが、浪江町です。浪江町は昨年の3月に避難指示が解除されたばかりです。浪江町までの道中ではまだまだ除染作業が行われており、「この先帰還困難区域」という看板が、大きな道路から外れた道に設置されているのを何度も見ました。そして、その看板とバリケードの先には、作業服を着て作業をされている方も見えました。私はその時、なんとも言えない気持ちになりました。安全な環境の下での作業と分かってはいても、ここで作業されている方々の中には不安な方もいらっしゃると思います。あの原発事故によって浪江町の方々の生活が変わってしまい、今現在もその影響は続いているということがひしひしと感じられました。「ある日、今の自分の生活ががらりと変わってしまったら…。大切な人や、大切な場所が無くなってしまったら…。」 バリケードを見ながら考えずにはいられませんでした。

しかし、そのようななんとも言えない気持ちになっていた私が、はっとさせられたのもまた浪江町の体験によります。まちなみマルシェの酒屋さんは被災の体験を経てもなお、「日本が、浪江が、大好き」とおっしゃっていました。浪江の人にとっては、やはり変わらず生まれ育った大切な場所であり、大好きな場所なのです。その気持ちがこの場所を支え、繋ぎ続けていることがしっかりと感じられました。住民の数も減り、まだまだ厳しい状況にある浪江町ですが、そこに住む一人一人によって少しずつ前に進んでいるのだと感じました。私たちも浪江町の方々の「浪江町が大好き」という気持ちを、自分のことのように大切にしなければいけないと思います。私たちにふるさとがあるように、ここの人達にとってはここがふるさとなのです。浪江町を、自分の目で見て、町の人と話したことは私にとって本当に大切な経験となりました。

次に、心に残っているのは東北の人のあたたかさです。これは東北に訪れるたびに、私を感動させ、何度でも足を運びたくさせるあたたかさです。ふくしまバトンの皆さんや、志津川中学校の皆さんはいつも家族のように出迎え、歓迎して下さいます。お互いの近況を話しながら、笑いあったり励ましあったりするたびに、「本当に出会えて良かったなあ」と心から感じます。そして、志津川中学校の野球部員とその家族の方と話している中で、「まだ知らない東北」を知ることが出来たとも感じています。これまで志津川中学校の方から、個人的な被災体験を聞いたことはありませんでしたが、今回お話しする中でそのお話を聞かせて頂きました。震災により停電が起こり、その後何日も暗闇の中で生活し、やっと電気がついた時の感動を今でもはっきり覚えていること。やっと食べられたおにぎりの形や大きさ、味を今でも覚えていること。余震の度に怖くて何度も何度も目が覚めたこと。どのお話も私にとって衝撃でした。震災によって生活が変わるということが、どういうことなのかをこんなに細かくお聞きしたのは初めてでした。また、家族のように大切な関係の方の口からお話を聞くことで、よりリアルにその時の状況が伝わり、言葉を失いました。当時の話を聞くことでしか分からないその時その時の感情があることも改めて感じることが出来ました。このようなお話を聞かせて下さったことを心から感謝しています。

今回の東北旅行でははじめての場所に行くことや、貴重なお話をお聞きすることで「はじめての東北」にたくさん出会える旅行になりました。そして東北の皆さんのパワーや愛、たくさんの美味しいグルメも堪能し、非常に充実した時間になりました。今後も自分たちに出来ることを続けていきたいと思います。是非、皆さんも東北へ行ってみてください!



これで、東北旅行編は終了となります!見て、聞いて、体験して!メンバーみんながたくさんのことを感じ、考えることのできた旅行となりました(^O^)
訪れた先でお世話になった方々皆さんに感謝しております!ありがとうございました!
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東北旅行2018!
こんにちは!
さわやか新入生のだいごです!
3月16~20日に、おかやまバトンメンバーで、毎年恒例となっている東北旅行に行ってきました。僕は行っていませんが、先輩方の感想文を紹介させていただきます!!
今回訪れたのは福島・宮城・岩手の三県。里の子会や志津川中学校野球部の皆さんをはじめ、お世話になっている方々にお会いすることができました。また、風光明媚な観光地や、訪れたことのなかった震災遺構など、今まで見たことの無かった東北の姿を見ることもでき、貴重な機会になったということです。
旅の様子の一部をフェイスブックでもご覧いただけます。ぜひご一読ください!
旅の様子☜
さて、ここからは2回に分けて、メンバーそれぞれの感想文を紹介していきます。
第一弾は、
・岡山大学環境理工学部3回生(当時) 岡野 蒼
・岡山大学教育学部2回生(当時) 木下 豪
です。
< 岡山大学環境理工学部3回生(当時) 岡野 蒼>
今回、3月に5日間東北の地を訪れました。私自身、東北には何度も訪れていましたが今回の東北訪問では3か所の新しい土地に赴きました。
福島では、昨年の3月31日に規制解除になった浪江町。宮城県周辺では、気仙沼や一本松で有名な陸前高田です。
一番印象に残っているのは、浪江町のまちなみまるしぇの店員さんから聞いた話で、規制解除をされたが住民がなかなか帰化せずに今では外国人の人口の方が増えているということでした。ついに昨年の3月に規制が解除されましたが、震災から6年という月日が経過し、避難されている方々も避難先の暮らしにやっと慣れてきた頃で、特に子供がいる家庭の方々の帰化が難しくなっているという現実があるそうです。その話を聞いた時に、素晴らしく温かい方々ばかりの町なのに何故か胸にぐっとくるものがありました。
そして、陸前高田の一本松も心の中にとても強く印象が残っています。一本松の周りには津波によって倒壊してしまった陸前高田ユースホステルがあるのみで他は全て撤去されていました。その景色を見て私は「ここは本当に日本であるのか?本当に昔は人が住んでいて活気ある場所だったのか?」と、改めて津波被害の恐ろしさを体感したとともに、実際に現地に行ってしか感じられないようなものを体に刻むことが出来たと思います。
ただ、東北の地はマイナスばかりではなく、「人はとても温かく」「食べ物はどれを食べても美味しい」など魅力的な事ばかりなので、東北に行ったことのない方々にも是非行ってみていただきたいと思います!
<岡山大学教育学部2回生(当時) 木下 豪>
今回の東北旅行では、昨年の東北旅行では訪れることのなかった多くの場所を訪ねることができ、今後の活動を考えていくうえで多くのヒントを得られるものになった。
昨年にない訪問先として特に印象に残ったのは、まずは観光地として訪れた飯坂温泉だった。温泉郷の豊かな風情を満喫することができ、福島に住む人たちの温かさもどことなく感じることができた。決して「被災地」として悶々と暮らす人々の姿はそこには見受けられなかった。友達に東北観光を勧めるならまずここだな、と思い、皆に見せて自慢するための写真をたくさん撮った。
しかし一方で、震災は未だ忘れられない記憶、失ってはならない記録としてその地に在り続けていることも確かだった。女川町・浪江町の物々しいバリケードの施された街並み。今でも震災の爪痕を克明に遺す陸前高田の一本松。これらは、当時テレビ越しにしか震災を知らなかった私には、自然の巻き起こす脅威と同時に、そこにかつて確かに存在していた人の暮らしの跡を実感させる、あまりにも生々しい傷跡に思えた。今度ここに来るときは、必ず花束を持っていこうと心に決めた。
そうした新しい経験に感銘を受ける一方で、やはり毎年訪れる地には、毎年訪れるだけの意味があるとも感じた。南三陸町の風景は、去年来た時よりもさらに変化していた。来るべき次の災害に備える町の力強さや、震災と戦い、前を向いて歩み続ける町民の気概が、目まぐるしい道や建物の変化に表れているように感じた。プロジェクトを通して親交のある南三陸町のご家族に伺った「震災のおかげでつながりができた」という言葉や、日本舞踊を通じて福島の復興と発展に尽力する里の子会の姿は間違いなくこれからの日本の推進力となっていくだろう!
また、これから私たちがやっていくことのビジョンとして、「災害に強い岡山づくり」というのはとてもやりがいのあることだと感じた。東北の絶え間ない復興とその推進力、その素晴らしさを肌で感じている私たちが地元にフィードバックできれば、それは大変意味のあることだと思う。そしてそれは、「息の長い被災地支援」の一つの形として、やっぱり間違ってはないんじゃないか、と思う。10/27に行われる志津川中学校での避難所運営訓練を題材に、何か形にできるものはないだろうか。私は一つそれをテーマに卒業論文をしたためることで、東北にささやかな恩送りができたらと思う。
以上、第一弾でした!! 次回もぜひご覧ください!!(^-^)/
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